-随想- 中村光江
「 技 」
-2008.3.10-

この「万媚」の目は、横から見ると伏目ですが、正面から見ると、正面を向いています。
」
この造形が、微妙ながら大きな効果を生みます。
面をわずかに傾けただけで、目が下を見るのです。
人は手元を見る時、首を傾け、目を伏せます。面はまさに、そのように動くのです。
切れ長の目の下の線が、少し傾けただけで目を伏せた形になります。
逆に少し仰向けただけで、目の下の線はなだらかな山線になります。
つまりこの万媚の造形は、正面を見る目と下を見る目が「合体」した彫り方なのです。この「動きを内包した造形」こそが、能面に隠された最も大切な彫技だと思います。
「 はぐくむ 」
-2007.7.15-
能面の繊細さは、生命力の弱さにつながるのでしょうか。
四季に恵まれた温暖な気候の郷土が、
そこに暮らす人々の性格を形作ってゆくものなら、
まさに能面は、この国土が産み出したものです。
移り変わる季節を愛し、
自然に身をゆだね、
自然に調和した生活があったのだと思います。
彼方は、荒々しい自然と闘い、勝ちとる生命であり、
此方は,自然と共存する、親和的な生命だといえるのかもしれません。
「 つなぐ 」
-2006.10.5-
能面は 六百年に亘る歴史を持ちますが,
六百年を経て今に完成したのではありません。
六百年前には完成していたのです。
成立の謎は、われわれを推理の迷路へ誘います。
写真集をめくり、粗野な民俗面の次に
突然,現在の舞台で使われている『完成』した能面に出会うと,
思わず賛嘆の声をあげてしまいます。
はたして、この落差をつなぐミッシングリングはみつかるのでしょうか。
しかしまた、おもしろいことに、作り手である者は、
あれからこれへのジャンプが、ひとりの人間において起こり得るということも
知っているのです。
「 比べる 」
-2006.4.1-
仮面はそれぞれの民族の特徴を端的に物語ります。
外形だけでなく、精神的な内面をも。
外国の、あふれんばかりにエネルギッシュな仮面群に比べ、
能面は非常に繊細です。
そして品格をだいじにします。
あからさまであることを厭い、
つつみ隠す美しさに凝縮してゆきます。
その奥床しさを感じとれなくなった時、
現代の日本人は、もはや能面にとって異邦人であるかもしれません。
「 動く 」
-2005.10.1-
能面の表情は変化します。
微妙に、時に 激しく、
光と角度によって、
演者の所作によって、
そして 隠された彫刻の技によって。
柔らかい表情の女面などは、わずかな傾きによって、微妙な変化を見せます。仰向けての微笑み、うつぶせての憂い、はよくいわれますが、それだけでは ありません。舞台には物語があり、演者がいます。女の面が 時には怒り、あるいは賢しげに、ある時は茫洋と遠くを見ます。能面という造形の中に、その変化の秘密が隠されているのです。
強い表情の面は、光と角度によって 激しく変化します。
橋がかりを歩む 陰うつな女の化身、
嫉妬の鬼となって 夫の枕元に立つ時、
恋がたきを打ちすえる思いの高ぶりが極まった時、
それぞれの場面が、この三葉の橋姫の変化によって 想像できるでしょうか。
